リップル制御は、スイッチング電源やDC-DCコンバータにおいて出力に混入する「リップル(脈動)」を監視し、その瞬間的な波形の状態をトリガーにしてスイッチング動作を直接制御する方式です。リップルを検出してオン/オフのタイミングを決めるため、過渡応答が速く位相補償が不要になるといった利点があります。
リップルとリップル制御の基本概念
まず「リップル」とは、直流出力に重畳する周期的な変動成分で、電源の入力周波数やスイッチング周波数に同期した脈動を指します。リップルは直流の“純度”を低下させ、デジタル回路やアナログ回路の誤動作やノイズ増加の原因になり得ます。リップルの主要要因には、整流・平滑段の容量不足、負荷変動、スイッチング素子動作や出力フィルタの特性などが挙げられます。
リップル制御(ヒステリシス制御とも呼ばれることがあります)は、出力波形のリップル成分を直接検出して、あらかじめ設定したしきい値(ウインドウ)を基にスイッチング素子のオン/オフを切り替える制御方式です。従来の電圧モード制御や電流モード制御と比べて、エラーアンプを介さずコンパレータで直接制御する点が特徴です。
代表的な制御方式との比較(概念)
- 電圧モード制御:出力電圧をエラーアンプで基準と比較し、その誤差を三角波と比較してPWM幅を生成する。安定設計がしやすい反面、過渡応答が遅くなることがある。
- 電流モード制御:スイッチ電流をフィードバックに取り入れることで制御ループの動特性を改善し、負荷変動時の応答や保護機能を強化できる。
- リップル制御(ヒステリシス制御):出力リップルを直接比較器で監視し、しきい値でオン/オフするため、過渡応答が極めて高速で位相補償が不要。ただしスイッチング周波数が変動しジッタが大きくなる点や、ESRの大きい出力コンデンサを求めるケースがある。
リップル制御の動作原理(もう少し具体的に)
典型的なリップル制御の実装は以下の要素で構成されます:
- 出力電圧のリップル成分を取り出すための検出経路(出力直近のサンプリングポイント)
- リップル波形と基準の比較を行うコンパレータ
- 比較結果に基づいてスイッチング素子のオン時間またはオフ時間を固定するロジック(ボトム検出でオン時間固定、アッパー検出でオフ時間固定など)
しきい値を上下に設けてヒステリシスウインドウを作る方式もあり、ウインドウ内にある限りは状態を維持して過度な振動を抑えます。コンパレータがトリガーした瞬間にスイッチング動作が決まるため、エラーアンプの遅延や「1周期分の無駄時間」といった遅れを回避でき、結果として急激な負荷変動に対して高速に追従できます。
リップル制御のメリット
- 高速な過渡応答:コンパレータが直接制御を行うため、負荷変動に対する追従性が高い。
- 位相補償が不要:従来のエラーアンプを用いた閉ループ設計で問題となる位相補償設計が不要になり、設計が簡単になる場合がある。
- 簡素なフィードバック構成:エラーアンプを省くことで回路規模や部品点数を削減できる可能性がある。
- 適用例の増加:CPUやFPGAのように急激な電流スパイクが発生する負荷に適する制御方式として採用が増えている。
リップル制御のデメリットと対策(設計上の注意点)
ポジティブな面を中心に説明していますが、実装にはいくつか注意すべき点があり、適切な対策と組み合わせることでメリットを最大化できます。
- スイッチング周波数の変動とジッタ:ヒステリシス制御はスイッチング周波数が負荷や入力条件によって変動しやすく、ジッタが増えるため、EMI(電磁妨害)対策やフィルタ設計が重要になります。対策としてはシールドや適切なラインフィルタ、スロープ制御や乱数拡散技術との併用が考えられます。
- 出力コンデンサのESR依存性:古典的な方式では出力リップルを検出するためにある程度のESRが必要とされる場合があり、低ESRのセラミックコンデンサだけで設計すると検出感度が落ちることがあります。これに対しては、IC内部で擬似的なリップル検出回路を組み込み、低ESRコンデンサでも問題なく動作するよう工夫した製品もあります。
- 可変スイッチング周波数が許容できない用途:一定周波数が前提のシステム(例えばある種のEMI許容試験や同期要求がある場合)では適さないことがあります。その場合は定周波数の制御方式を選択するか、ハイブリッドな制御方式を検討します。
設計上の実践ポイント
- リップル検出ポイントの選定:出力のどのポイントでリップルをサンプリングするかで挙動が変わります。負荷配線やパターンのインピーダンスを考慮し、実際の負荷に近い位置で測定することが望ましい。
- しきい値とヒステリシス幅の調整:過度な頻繁スイッチングを避けつつ十分に敏感に追従するよう、ウインドウ幅やしきい値を実測に基づいて最適化します。
- 出力コンデンサの選定:ESRが極端に低いコンデンサのみを使うとリップル検出が困難になる場合があるため、必要に応じてESRを調整するか、IC側での補償回路(内部でリップルを作る等)を利用します。
- EMI対策:スイッチング周波数が変動することで広帯域のスペクトルが発生しやすくなるため、基板レイアウト、入力側のラインフィルタ、出力側のフィルタ、グランド設計などで放射ノイズを抑えます。
- 安定性評価と実負荷試験:シミュレーションだけで判断せず、実際の負荷プロファイルで過渡応答や発熱、EMIを含めた評価を行います。
リップル制御を採用しているICや技術トレンド(概要)
近年、リップル制御(ヒステリシス制御)を採用したスイッチングレギュレータICが増えています。これらは、高速な過渡応答が求められるプロセッサ系電源やFPGA電源向けに設計されており、内部でリップル検出を工夫して低ESRコンデンサでも使えるようにした製品や、ジッタ低減のための工夫を持つ製品も見られます。
また、設計ツールや解析手法も進化しており、基板インピーダンスや配線インダクタンスを考慮した上で最適な検出ポイントを決めたり、EMI予測を行っておくことが実務では一般化しています。
適用例と利用シーン
- CPU・SoCやFPGAのコア電圧供給:急激な電流変動が発生する負荷に対して、電圧降下を抑え高速に追従するために適している。
- 通信機器のフロントエンド電源:一時的な大電流に対して耐えうる応答を求められる場面。
- バッテリ駆動機器:効率と応答性のバランスを取るための電源設計手法の一つとして有効。
実装例(考え方)
代表的な実装例では、出力のリップルをサンプリングしてコンパレータに入力し、しきい値より下回るとオン固定時間を入れる(ボトム検出、オン時間固定方式)といった動作を行います。逆にしきい値を上回ったときにオフ時間を固定する(アッパー検出、オフ時間固定方式)という実装もあります。両方のしきい値を設定してウインドウで管理することで、過度な振動を防ぐヒステリシス制御が実現できます。
設計事例:チェックリスト(導入前)
- 対象負荷の電流プロファイル(ピーク値・立ち上がり時間)を把握する。
- 必要な出力電圧精度と許容リップルを定義する。
- EMI要件を確認し、可変周波数動作が許容されるか検討する。
- 出力コンデンサの種類(電解、固体電解、セラミック)とESRの選定を行う。
- PCBレイアウトでリップル検出点の配線長・グランドループを最小化する計画を立てる。
- 必要ならばシミュレーション(SPICE等)および実機で過渡試験を実施する。
リップル低減の補助的手段(併用推奨)
- 出力フィルタ追加:LCフィルタやπ型フィルタで高周波成分を除去する。
- 適切なデカップリング:負荷近傍に十分な容量のデカップリングを配置する。
- シールドとグラウンド設計:ノイズの拡散を抑えるためのレイアウト工夫。
- EMI対策部品:フェライトビーズやチョークといった受動素子の利用。
設計者向けの実務アドバイス
リップル制御は応答性が高く魅力的ですが、その特性ゆえに「スイッチング周波数変動」や「ジッタ」「出力リップル特性の依存性」などに注意が必要です。従って、採用前に次の実務的な検証を行うことを推奨します:
- 実負荷条件での過渡試験(立ち上がり・立ち下がり、急峻な負荷変動)を複数ケースで評価する。
- EMI測定と必要対策の実施(プロトタイプ段階で早期評価することで手戻りを減らす)。
- 出力コンデンサの温度特性や経年変化を考慮した信頼性評価を行う。
- もし一定周波数が必要なら、定周波数制御やPLL等の同期機構を持つ設計を検討する。
国内外での参考情報(設計の背景を学ぶために)
電源設計関連の技術記事やメーカーのアプリケーションノートでは、電圧モード、電流モード、ヒステリシス(リップル)制御の特徴と使い分け、実装上のノウハウが解説されています。これらの技術資料を複数参照して、目的に合った方式を選ぶことが重要です。
FAQ — よくある質問と回答(簡潔)
- リップル制御はすべての用途に向くか?
万能ではありません。可変スイッチング周波数やジッタを許容できる用途、あるいは高速過渡応答が最優先の用途に適します。 - 低ESRのセラミックコンデンサだけでも使えるか?
一般には検出感度の問題がありますが、IC側で擬似リップルを生成したり、内部補正を持つ製品を使うことで対応できます。 - EMIは増えるか?
スイッチング周波数の変動により広帯域にスペクトルが広がる可能性があるため、EMI対策が重要です。
導入判断フロー(簡易)
- 負荷特性(ピーク電流、変動速度)を評価する。
- 応答性優先か周波数固定やEMI抑制優先かを決める。
- 適合する制御方式(リップル制御を含む)を候補にあげる。
- プロトタイプで過渡応答・EMI・熱特性を検証する。
- 必要な対策(フィルタ、コンデンサ選定、基板レイアウト)を実施して量産化へ移行する。
将来の展望と技術トレンド(短評)
シリコンプロセスやIC設計技術の進歩により、リップル検出やジッタ低減の工夫をIC内部で実現する製品が増え、低ESRコンデンサとの親和性も向上しています。加えて、EMI解析ツールや基板設計技術の高度化で、変動周波数の短所をカバーする対策が容易になり、リップル制御を選択肢とする設計者が増えています。
参考にすべき設計ドキュメントの種類
- メーカーのアプリケーションノート(制御方式別の特性比較、レイアウト例、評価結果)
- 電源設計に関する技術記事や解説(制御理論や実践的な対処法)
- EMI対策に関するガイドラインや測定レポート
- SPICEモデルを用いた過渡解析と実機評価の両輪
まとめ設計の観点(導入の要点)
リップル制御は、エラーアンプを介さない直接的なリップル検出によるスイッチング制御で、特に高速な過渡応答を必要とする用途に強みがあります。導入に当たっては、スイッチング周波数の可変性、出力コンデンサのESR依存、EMI問題などを理解し、適切な部品選定と基板設計、実負荷での評価を行うことが成功の鍵となります。
設計チェックリスト(短縮版)
- 負荷波形の把握
- 出力コンデンサの種類とESR評価
- リップル検出点のPCBレイアウト最適化
- EMI対策(フィルタ・シールド・フェライト)
- 過渡応答の実機評価
まとめ
リップル制御は出力に現れる脈動(リップル)を直接検出してスイッチングを制御する方式で、エラーアンプを介さないため過渡応答が非常に速く、位相補償が不要といった利点があります。反面、スイッチング周波数が変動しやすくジッタやEMI対策、出力コンデンサのESR特性への配慮が必要です。用途や設計目標を明確にした上で、メーカーのアプリケーションノートや実機評価を参考にしつつ、基板レイアウトやフィルタ設計を含む総合的な対策を行えば、リップル制御は高速応答が要求される電源設計において有効な選択肢となります。
リップル制御入門:高速過渡応答を実現する仕組みと設計ポイントをまとめました
リップル制御は、出力に生じる脈動をトリガーにしてスイッチングを直接制御する回路手法であり、急峻な負荷変動に対して高速に追従できる点が最大の魅力です。導入にあたってはEMI、出力コンデンサの選択、スイッチング周波数の変動への対応など設計上の配慮が必須で、複数の資料や実測結果を基に最適化を進めることが重要です。



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