はじめに
ビットコインは2009年の誕生以来、世界中で注目を集めてきた革新的なデジタル資産です。その中でも中国は、ビットコイン市場において特別な位置を占めています。かつて中国はビットコイン取引の中心地であり、マイニング産業の大規模な拠点でもありました。しかし、規制環境の変化に伴い、中国とビットコインの関係は大きく変わってきました。本記事では、中国におけるビットコインの歴史、現在の状況、そして今後の展望について、複数の視点から詳しく解説していきます。
ビットコインの基本概念と世界的な位置づけ
ビットコインは、中央集権的な管理者を持たずに個人同士がピアツーピアで安全に取引できるよう設計された決済通貨です。ブロックチェーン技術を基盤とし、公開鍵暗号やハッシュ、電子署名などの高度な暗号技術を活用しています。現在、ビットコインの流通量は1,885万ビットコインに達し、その市場価値は1兆2,300億ドルを超えています。毎日約28万件のビットコイン取引がオンチェーンで行われており、グローバルな金融システムの中で重要な役割を果たしています。
中国のビットコイン市場の発展と繁栄の時代
中国は、ビットコイン市場の初期段階から重要な役割を担ってきました。2010年代初頭から中国国内でビットコイン取引が活発化し、やがて世界有数の取引市場へと成長していきました。中国三大取引所と呼ばれていた「Huobi(フォビ)」、「OKEx(オーケーイーエックス)」、「BTCC(BTCChina)」は、世界的に有名な暗号資産取引プラットフォームとなり、多くのトレーダーや投資家がこれらの取引所を利用していました。
この時期、中国はビットコイン市場において最も活発な取引が行われる地域の一つとなり、国際的な価格形成に大きな影響を与えていました。中国の投資家たちは、ビットコインの可能性に早期から注目し、大規模な取引活動を展開していたのです。
規制の開始と市場の転換点
中国政府は、ビットコインなどの暗号資産に対する規制を段階的に強化していきました。2017年9月は、中国のビットコイン市場にとって大きな転換点となりました。この時期、中国政府は暗号資産の流通を防ぐべく、暗号資産の取引所の運営を禁止し、同時にICO(Initial Coin Offering)も禁止しました。ICOは、暗号資産を集めるための資金調達源として機能していたため、その禁止は市場に大きな影響を与えました。
中国政府がこのような規制に踏み切った背景には、暗号資産取引の増加が中国経済にもたらす利益が限定的であるという判断がありました。また、金融システムの安定性や消費者保護の観点からも、規制の必要性が認識されていたのです。
暗号資産規制の強化と法的枠組みの整備
2019年から2020年にかけて、中国は暗号資産に関する法的枠組みをさらに整備していきました。2019年10月に中国で成立した「暗号法」は、2020年1月1日に施行されました。この法律は、暗号資産取引に関する規制の基礎となるものでした。
同じ時期に、習近平国家主席はブロックチェーン技術を推し進める意向を表明しました。これは興味深い矛盾を示しており、中国政府はビットコインなどの暗号資産には慎重であるものの、ブロックチェーン技術そのものには大きな期待を寄せていることが明らかになりました。
2019年11月には、中国人民銀行が上海での暗号資産取引を取り締まる新たな規制を開始しました。さらに2020年1月11日には、北京市の金融監督管理局の責任者が、中国で暗号資産の取引は認められないと公式に発言し、市場に波紋が広がりました。
2021年の全面禁止と市場への影響
中国のビットコイン市場にとって最も大きな転換点は、2021年9月に訪れました。この時期、中国人民銀行(PBOC)はすべての仮想通貨取引をさらに禁止する決定を下しました。中国人民銀行は、金融犯罪を促進するだけでなく、中国の金融システムに増大するリスクをもたらす仮想通貨の役割を指摘し、この全面禁止の必要性を主張しました。
この禁止令は、ビットコイン価格に大きな影響を与え、市場全体に波乱をもたらしました。中国国内でのビットコイン取引は事実上不可能となり、多くの中国人トレーダーや投資家は海外の取引所への移行を余儀なくされました。
ビットコインマイニングと中国の役割
ビットコイン取引の規制とは別に、ビットコインマイニング(採掘)は中国経済において重要な産業として発展していました。マイニングとは、ビットコインネットワークの取引を検証し、新しいビットコインを生成するプロセスです。この作業には膨大な計算能力と電力が必要とされます。
中国は、豊富な電力資源と低い電力コストを背景に、世界有数のビットコインマイニング拠点となっていました。特に新疆地域などでは、大規模なマイニング施設が建設され、世界中のマイナーが中国に集中していました。
マイニング禁止後の復活と現在の状況
2021年の全面禁止令により、中国でのビットコインマイニングも禁止されました。しかし、その後の数年間で状況は変化していきました。最新のデータによると、2025年第4四半期の時点で、中国は世界のビットコイン総計算能力の14.05%を占めており、毎秒約145エクサハッシュ(EH/s)のハッシュレートを保有しています。これは、第3四半期の13.8%からわずかに上昇しており、中国でのマイニング活動が静かに復活していることを示唆しています。
ビットコインのマイナーたちは最近数カ月で中国に戻ってきており、安価な電力とデータセンターブームに誘われています。微妙な地方政策の変化、経済的インセンティブ、そして過剰に構築されたインフラが、このマイニング活動の復活を支えています。中国政府による2021年の禁止令にもかかわらず、ビットコインの採掘は中国で静かに復活しており、安価な電力、余剰電力、そして新疆などの地域における新しいデータセンターによって促進されているのです。
デジタル人民元とブロックチェーン技術への投資
中国政府がビットコインなどの暗号資産に対して厳しい規制を敷く一方で、ブロックチェーン技術そのものには大きな投資と期待を寄せています。特に注目されるのは、デジタル人民元(DC/EP:Digital Currency/Electronic Payment)の開発です。
デジタル人民元は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)として位置づけられており、ビットコインとは異なり、中国人民銀行による中央集権的な管理下にあります。2019年8月には、中共中央・国務院が深圳でのデジタル通貨の研究等を支援することを公表しました。2019年10月には、全人代・常務委員会が「暗号法」を可決し、2020年1月1日に施行されました。
ブロックチェーン技術の応用は、デジタル金融、モノのインターネット(IoT)、スマート製造、サプライチェーン管理、デジタル経済など、多くの分野への拡大が期待されています。中国政府は、これらの分野でのブロックチェーン技術の活用を積極的に推進しており、四大国有商業銀行や銀聯、平安グループ、BAT(百度、アリババ、テンセント)などの大手企業も、ブロックチェーン情報サービスの登録を進めています。
ステーブルコインと中国の金融システム
ビットコインなどの暗号資産が規制される一方で、ステーブルコインに対する関心が高まっています。ステーブルコインは、その価値が特定の資産(通常は米ドルなど)に固定されている暗号資産です。現時点でのステーブルコインの発行残高は3,000億米ドルに達しており、2024年の年間送金量は27.6兆ドルに上っています。
ステーブルコインは、消費者が小売店や飲食店、ECサイトなどで支払いに使用することができます。企業サイドから見れば、消費者からの代金の受け取りに、銀行やクレジットカード、中国でいえば「Alipay(支付宝)」や「WeChat Pay(微信支付)」などの第三者決済機関を経由せずに決済が可能となります。これにより、資金の活用効率が上がり、手数料の負担も大きく削減できるというメリットがあります。
しかし中国では2021年9月以降、暗号資産の取引と採掘を全面的に禁止しており、ステーブルコインも例外ではありません。2024年11月下旬には、中国人民銀行が政府の公安部など13の政府機関を集め、「仮想通貨取引の投機リスクに関する調整会議」を開催し、改めて仮想通貨を明確な違法行為と宣言し、取り締まりの徹底を強調しました。
mBridge:多国間中央銀行デジタル通貨プラットフォーム
ビットコインなどの分散型暗号資産が規制される中で、中国政府は別のアプローチを推進しています。それが「mBridge(エムブリッジ、Multiple CBDC Bridge)」です。これは、中国が主導する多国間の中央銀行デジタル通貨プラットフォームであり、複数の国の中央銀行が参加する国際的な決済システムとして機能することが期待されています。
mBridgeは、ブロックチェーン技術を活用しながらも、各国の中央銀行による管理下にあるため、ビットコインのような分散型システムとは異なります。このプラットフォームを通じて、中国は国際的な金融システムにおける発言権を確保し、デジタル経済時代における主導的な地位を目指しています。
ビットコインマイニングのグローバルな影響
中国でのビットコインマイニングの復活は、グローバルなビットコイン市場に重要な影響を与えています。ビットコインマイニングハードウェアの供給が非常に集中していることは、敵対的な地政学的状況においてビットコインプロトコルが51%乗っ取られる可能性がある大きなリスクをもたらします。
中国が世界のビットコイン採掘市場の14%以上を占めているという事実は、ビットコインネットワークのセキュリティと分散性に関する重要な議論を生み出しています。経済的インセンティブが規制の障壁を乗り越え、世界のビットコイン供給に影響を与え、ネットワーク活動を安定させる方法を示しているのです。
中国の暗号資産市場の現在と将来
現在、中国国内でのビットコイン取引は法的に禁止されていますが、海外の取引所を通じた取引は完全には防ぐことができていません。多くの中国人投資家は、VPN(仮想プライベートネットワーク)などのツールを使用して、海外の取引所にアクセスしています。
一方、中国政府は、ビットコインなどの分散型暗号資産の規制を継続しながらも、ブロックチェーン技術そのものの発展と応用には積極的に投資を続けています。デジタル人民元の普及促進やmBridgeなどの国際的なデジタル通貨プラットフォームの推進は、中国が暗号資産技術の未来をどのように見ているかを示しています。
ビットコインと中国の関係の複雑性
ビットコインと中国の関係は、単純な「禁止」では説明できない複雑な状況を呈しています。一方では、中国政府はビットコイン取引を違法行為と宣言し、厳しい取り締まりを行っています。他方では、ビットコインマイニングは経済的インセンティブにより静かに復活し、中国は依然として世界のビットコイン採掘市場において重要な役割を果たしています。
この矛盾は、規制と経済現実の間の緊張を反映しています。中国政府は、金融システムの安定性と国家の経済的利益のバランスを取ろうとしており、その過程で複雑な政策判断を下しているのです。
技術革新とビットコインの役割
ビットコインは、単なる投機的な資産ではなく、ブロックチェーン技術の実装例として重要な意義を持っています。ビットコインが採用している公開鍵暗号、ハッシュ、電子署名などの技術は、現代のデジタル経済において広く応用されています。
中国政府がブロックチェーン技術に投資を続けている理由の一つは、この技術がもたらす革新的な可能性を認識しているからです。デジタル人民元やmBridgeなどのプロジェクトは、ブロックチェーン技術を活用しながらも、中央集権的な管理を維持するというアプローチを示しています。
国際的な規制動向とビットコイン
中国のビットコイン規制は、グローバルな規制動向の一部です。世界各国の政府や金融当局は、ビットコインなどの暗号資産に対する規制の枠組みを構築しようとしています。中国の厳しい規制姿勢は、一部の国々に影響を与えている一方で、他の国々はより緩やかなアプローチを採用しています。
ビットコインの国際的な価格形成には、複数の国の規制動向が影響を与えています。中国の規制強化は、過去にビットコイン価格の大きな変動をもたらしてきました。しかし同時に、ビットコインのグローバルな流動性と取引量は、単一の国の規制では完全には抑制できないほど成熟してきています。
ブロックチェーン技術の応用分野
中国政府が推進しているブロックチェーン技術の応用は、多岐にわたっています。デジタル金融、IoT、スマート製造、サプライチェーン管理、デジタル経済など、様々な分野での活用が期待されています。
これらの分野では、ビットコインのような分散型システムではなく、中央集権的に管理されたブロックチェーンシステムが採用される傾向があります。中国政府は、このようなシステムを通じて、経済効率の向上と国家の監視・管理能力の強化を同時に実現しようとしています。
消費者保護と金融安定性
中国政府がビットコイン取引を禁止する理由の一つは、消費者保護と金融安定性の維持です。ビットコインなどの暗号資産は、価格変動が大きく、投機的な取引が行われやすいという特性があります。中国政府は、このような資産への投資により、一般消費者が大きな損失を被ることを懸念しています。
また、ビットコイン取引が金融犯罪に利用される可能性も、規制の理由として挙げられています。中央銀行による監視が難しい分散型システムは、マネーロンダリングやテロ資金供与などの違法行為に悪用される可能性があるため、政府は厳しい規制を必要としていると考えています。
デジタル経済時代における中国の戦略
中国政府のビットコイン規制とブロックチェーン技術への投資は、デジタル経済時代における国家戦略の一部です。中国は、ビットコインのような分散型システムではなく、国家が管理できるデジタル通貨とブロックチェーンシステムを通じて、デジタル経済における主導的な地位を確保しようとしています。
デジタル人民元の開発と普及は、この戦略の中心的な要素です。同時に、mBridgeなどの国際的なプラットフォームの推進により、中国は国際的な金融システムにおける発言権を強化しようとしています。
ビットコインマイニングの経済的側面
ビットコインマイニングは、中国の一部の地域にとって重要な経済活動です。マイニング施設の建設と運営により、地域経済に雇用と投資をもたらしています。特に電力が豊富で、電力コストが低い地域では、マイニング産業が重要な産業として機能しています。
中国でのマイニング活動の復活は、このような経済的インセンティブが規制の障壁を乗り越える力を持っていることを示しています。地方政府の政策判断と中央政府の規制方針の間に、微妙な相違が存在する可能性もあります。
グローバルなビットコイン市場における中国の位置
ビットコイン取引が中国で禁止されている現在でも、中国はグローバルなビットコイン市場において重要な役割を果たしています。特にマイニング分野では、中国は世界第3位の貢献度を持つ重要なプレイヤーです。
中国の投資家や企業は、海外の取引所を通じてビットコイン市場に参加し続けており、国際的な価格形成に影響を与えています。また、中国で開発されたマイニング技術やハードウェアは、世界中のマイナーに使用されています。
規制と技術革新のバランス
中国のビットコイン規制は、規制と技術革新のバランスに関する重要な事例です。政府は、金融システムの安定性と消費者保護を優先する一方で、ブロックチェーン技術そのものの発展を支援しています。
このアプローチは、技術革新を完全に抑制するのではなく、その方向性を政府の目標に沿わせようとするものです。中国政府は、ビットコインのような分散型システムではなく、国家が管理できるデジタル通貨とブロックチェーンシステムの開発に資源を集中させています。
まとめ
ビットコインと中国の関係は、過去15年間で大きく変化してきました。かつてビットコイン市場の中心地であった中国は、現在、ビットコイン取引を禁止する一方で、ブロックチェーン技術とデジタル通貨の開発に積極的に投資しています。2021年の全面禁止令にもかかわらず、ビットコインマイニングは経済的インセンティブにより静かに復活し、中国は依然として世界のビットコイン採掘市場において重要な役割を果たしています。中国政府は、ビットコインなどの分散型暗号資産には厳しい規制を敷く一方で、デジタル人民元やmBridgeなどの国家管理型のデジタル通貨とブロックチェーンシステムの開発を推進しており、デジタル経済時代における国家戦略を着実に進めています。
中国とビットコインの現在地:禁止からマイニング復活、デジタル人民元までをまとめました
ビットコインと中国の関係は、単純な「禁止」では説明できない複雑で多層的な状況を呈しています。中国政府は、ビットコイン取引を違法行為と宣言し、厳しい取り締まりを行っている一方で、ビットコインマイニングは経済的インセンティブにより静かに復活し、中国は依然として世界のビットコイン採掘市場において重要な役割を果たしています。同時に、中国政府はブロックチェーン技術とデジタル通貨の開発に積極的に投資しており、デジタル人民元やmBridgeなどのプロジェクトを通じて、デジタル経済時代における国家戦略を推進しています。このような複雑な状況は、規制と経済現実の間の緊張、そして技術革新と国家管理のバランスを求める政府の試みを反映しており、今後のグローバルなデジタル経済の発展において、中国がどのような役割を果たすのかを示唆しています。



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