はじめに
ブロックチェーン技術は、その分散型の構造と暗号化技術により、従来のデータベースよりも高いセキュリティを提供するとされています。しかし、近年の仮想通貨盗難事件の増加により、ブロックチェーン関連のセキュリティリスクについて、より深い理解が必要となっています。本記事では、仮想通貨がどのようなメカニズムで盗まれるのか、そしてそれを防ぐためにはどのような対策が必要なのかについて、詳しく解説します。
ブロックチェーン技術の基本的なセキュリティ特性
ブロックチェーンは、その構造上、改ざんを防ぐための複数のセキュリティメカニズムを備えています。一度ブロックチェーンに記録されたトランザクション(取引データ)は、その性質上、簡単には変更することができません。新しい情報を追加する際には、新たなトランザクションを作成する必要があり、チェーンの末尾に新しい情報が加わるため、ユーザーは変更を確認することが可能です。
さらに、ブロックチェーンは暗号化技術、分散化、スマートコントラクト(特定の条件を満たすと自動的に処理が実行される仕組み)など、様々な技術によってセキュリティが強化されています。これらの技術により、ブロックチェーンは改ざんされにくい構造を実現しています。
仮想通貨盗難の主な原因:秘密鍵の盗難
興味深いことに、近年のブロックチェーンから暗号資産が盗難されるケースのほとんどは、ブロックチェーン技術そのものの脆弱性が原因ではなく、秘密鍵の盗難によって発生しています。秘密鍵とは、仮想通貨ウォレットの所有者がデジタル通貨にアクセスするために使用する重要な認証情報です。
攻撃者は、標的型攻撃やマルウェア、フィッシング詐欺、ソーシャルエンジニアリングなど、様々な手法を用いて秘密鍵を不正に入手しようと試みます。秘密鍵が盗まれると、攻撃者はその鍵を使用してデジタル通貨を引き出すことができるため、ユーザーの資産が完全に失われる危険性があります。
仮想通貨盗難の具体的な手口
フィッシング攻撃
フィッシング攻撃は、ネット詐欺の一種として広く知られており、ブロックチェーン技術に対しても重大な被害をもたらす可能性があります。この攻撃では、犯人が偽のウェブサイトやメールを作成し、ユーザーに秘密鍵やウォレットのパスフレーズを入力させることで、資産を盗み取ります。ユーザーが本物だと信じて情報を入力してしまうと、攻撃者はその情報を使用して仮想通貨を盗むことができます。
マルウェアとクリプトジャッキング
マルウェアは、コンピューターシステムに侵入して悪意のある動作を実行するプログラムです。攻撃者はマルウェアを使用して、ユーザーのシステムから秘密鍵を盗み出したり、システムの制御を奪ったりします。
クリプトジャッキングは、計算資源を不正に利用して暗号通貨を採掘する手法です。脅威アクターはマルウェアや脆弱性経路を介してシステムを侵害し、CPUサイクルを自身のマイニングリグに流用します。これはシステム性能に影響を与えるだけでなく、被害者に多大な運用コストを強いる可能性があります。
取引所へのハッキング
仮想通貨取引所は、多くのユーザーの資産を一元管理しているため、ハッカーの重要な標的となります。取引所がハッキングされると、保管されている暗号資産が一度に大量流出し、ユーザーの資産が失われるだけでなく、暗号資産市場全体への信頼も大きく損なわれることになります。
ブリッジ攻撃
ブリッジ攻撃は、仮想通貨が異なるブロックチェーン間で転送されるところを狙う攻撃手法です。異なるブロックチェーン間での資産移動は複雑なプロセスであり、この過程で脆弱性が生じる可能性があります。サイバー犯罪者はこの隙をついて、資産を盗み出すことができます。
ブロックチェーン固有のセキュリティリスク
51%攻撃
51%攻撃は、ブロックチェーンに対する最も危険な攻撃の一つです。この攻撃では、攻撃者がネットワークの計算能力の過半数を掌握することで、取引の検証に影響を与え、取引を逆転させることさえ可能となります。PoW(プルーフオブワーク)というコンセンサスアルゴリズムを使用するブロックチェーンをハッキングするには、計算にあたっているコンピューターの計算能力であるハッシュパワーの51%以上を占めることで、不正な取引を承認することができます。
実際の事例として、2018年5月にはビットコインゴールド(BTG)が51%攻撃を受け、計38万8,000BTG(当時のレートで約20億円相当)の被害を受けています。同時期にはモナコインも51%攻撃や類似の手法による攻撃を受け、推定約1,000万円の被害を受けています。
シビル攻撃
シビル攻撃とは、攻撃者が複数の偽アカウントを作り、ネットワーク内での影響力を不正に高める手口です。ブロックチェーンでは、偽のノードがあると見せかけることで、51%攻撃のリスクが高まったり、特定の取引が意図的にブロックされることで、合意形成が歪められたりするおそれがあります。
セルフィッシュマイニング
セルフィッシュマイニングは、攻撃者がマイニングを行ってブロックを作成しますが、それを公開せずに自分のもとにストックしておく攻撃手法です。現在公開されているチェーンより長くなった段階でそれを公開することで、ネットワークの整合性を損なうことができます。
実際の大規模ハッキング事件
Ronin Network事件
2022年3月、史上最大の仮想通貨ハッキング事件が発生しました。サイバー犯罪者グループ(北朝鮮のハッキンググループであると考えられています)が、ゲームに焦点を当てたRonin Network取引所に侵入し、イーサリアムとUSDCステーブルコインの仮想通貨で約6億1,500万ドルを盗みました。ハッカーは、所有者から盗み出した秘密鍵を使用してデジタル通貨を引き出すことでサイバー攻撃を成功させました。
バイナンス関連のブリッジ攻撃
別の大規模事件では、攻撃者がBSC Token Hubクロスチェーンブリッジを悪用し、追加のバイナンスコインを作成した後、使用可能なすべてのデジタル通貨を奪いました。このような事件は、異なるブロックチェーン間の相互運用性が増すにつれて、新たなセキュリティリスクが生じていることを示しています。
仮想通貨盗難を防ぐための対策方法
秘密鍵の安全な管理
仮想通貨盗難を防ぐための最も重要な対策は、秘密鍵を安全に管理することです。秘密鍵を本当に安全に保つ唯一の方法は、インターネットに接続されていないウォレット(コールドウォレット)を使用することです。ハードウェアウォレットやペーパーウォレットなど、オフラインで秘密鍵を保管することで、オンライン攻撃のリスクを大幅に減らすことができます。
フィッシング詐欺への対策
フィッシング攻撃を防ぐためには、メールやウェブサイトの真正性を常に確認することが重要です。公式ウェブサイトのURLを直接入力する、公式なメールアドレスからの通信であることを確認する、不審なリンクをクリックしないなどの基本的な対策が有効です。
マルウェア対策
マルウェアからの保護には、信頼できるセキュリティソフトウェアの導入と定期的な更新が必要です。また、不正なソフトウェアのダウンロードを避け、信頼できるソースからのみプログラムをインストールすることが重要です。
取引所のセキュリティ確認
仮想通貨を取引所に預ける場合は、その取引所のセキュリティ対策を十分に確認することが重要です。多要素認証(MFA)の導入、コールドウォレットでの資産保管、定期的なセキュリティ監査など、高度なセキュリティ対策を実施している取引所を選択することが推奨されます。
ブロックチェーン追跡技術の活用
万が一盗難が発生した場合、ブロックチェーン追跡は、暗号資産の取引を追跡し分析するための重要な調査手段となります。ブロックチェーンの透明性を活用することで、盗まれた資産の流れを追跡し、回収の可能性を高めることができます。
ユーザーが実践できるセキュリティ対策
強力なパスワード管理
ウォレットや取引所のアカウントには、複雑で予測困難なパスワードを設定することが重要です。同じパスワードを複数のサービスで使用することは避け、パスワード管理ツールを活用して安全に管理することが推奨されます。
二段階認証の有効化
取引所やウォレットサービスが提供する二段階認証(2FA)機能を有効化することで、パスワードが盗まれた場合でも、追加の認証ステップにより不正アクセスを防ぐことができます。
定期的な監視と確認
ウォレットや取引所のアカウント活動を定期的に監視し、不正な取引がないか確認することが重要です。異常な活動を発見した場合は、すぐに対応することで、被害を最小限に抑えることができます。
教育と情報収集
ブロックチェーン技術とセキュリティに関する最新の情報を継続的に学習することで、新しい脅威に対する認識を高めることができます。セキュリティに関する信頼できる情報源から定期的に情報を得ることが推奨されます。
取引所とサービスプロバイダーの責任
セキュリティインフラストラクチャの強化
仮想通貨取引所やウォレットサービスプロバイダーは、継続的にセキュリティインフラストラクチャを強化する責任があります。これには、最新の暗号化技術の導入、定期的なセキュリティ監査、インシデント対応計画の策定などが含まれます。
ユーザー教育と啓発
サービスプロバイダーは、ユーザーに対してセキュリティベストプラクティスについての教育と啓発を行う責任があります。フィッシング詐欺の識別方法、秘密鍵の安全な管理方法、不正アクセスの兆候などについて、ユーザーを教育することが重要です。
法的コンプライアンスと規制対応
仮想通貨業界の法整備が進む中、取引所やサービスプロバイダーは、適用される規制要件に準拠することが重要です。これにより、ユーザーの資産保護と市場の信頼性が向上します。
ブロックチェーン技術の継続的な改善
新しいセキュリティプロトコルの開発
ブロックチェーン技術の開発者やセキュリティ研究者は、既知の脆弱性に対処し、新しいセキュリティプロトコルを開発することで、技術全体のセキュリティを向上させています。これには、より効率的なコンセンサスメカニズムの開発や、スマートコントラクトのセキュリティ向上などが含まれます。
業界標準の確立
ブロックチェーン業界全体で、セキュリティに関する標準と最良実践を確立することで、全体的なセキュリティレベルを向上させることができます。これにより、新規参入者も高いセキュリティ基準を維持することが期待されます。
まとめ
仮想通貨盗難の大部分は、ブロックチェーン技術そのものの脆弱性ではなく、秘密鍵の盗難やユーザーのセキュリティ対策不足が原因です。フィッシング詐欺、マルウェア、取引所へのハッキング、ブリッジ攻撃など、様々な手口が存在しますが、これらはすべて適切な対策により防ぐことが可能です。ユーザーが秘密鍵を安全に管理し、セキュリティベストプラクティスに従うことで、仮想通貨資産を保護することができます。同時に、取引所やサービスプロバイダーは継続的にセキュリティを強化し、ユーザーを教育する責任があります。ブロックチェーン技術の改善と業界全体のセキュリティ向上により、より安全な仮想通貨エコシステムの構築が期待されます。
なぜ仮想通貨は盗まれるのか――ブロックチェーンの盲点と今すぐできる対策をまとめました
仮想通貨がブロックチェーンから盗まれるメカニズムを理解することは、デジタル資産を保護するための第一歩です。秘密鍵の安全な管理、フィッシング詐欺への警戒、信頼できる取引所の選択、そして継続的なセキュリティ意識の向上により、ユーザーは自身の資産を効果的に保護することができます。ブロックチェーン技術は本質的に安全な仕組みを備えていますが、その安全性を最大限に活用するためには、ユーザー、サービスプロバイダー、そして業界全体の協力が必要です。今後も技術の進化と規制の整備により、より安全で信頼性の高い仮想通貨エコシステムが構築されることが期待されます。



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