はじめに
暗号資産業界は、その急速な成長とともに、セキュリティ上の課題に直面し続けています。過去から現在に至るまで、多くの流出事件が発生し、業界全体に大きな影響を与えてきました。本記事では、暗号資産流出事件の歴史的背景から最新の脅威まで、包括的に解説します。これらの事件から学ぶことで、より安全な暗号資産の管理方法を理解することができます。
2026年1月の大規模流出事件
2026年1月、暗号資産業界は深刻なセキュリティ危機に見舞われました。この月だけで、業界全体から約4億ドルを超える資金が流出したとされています。ブロックチェーンセキュリティ企業の調査によれば、確認された40件のインシデントによって、約3億7030万ドルの損害が発生しました。
フィッシング攻撃による被害
2026年1月の流出事件の中で最も深刻だったのは、フィッシング攻撃による被害です。単一の事件で2億8400万ドルが流出し、これは月間総流出額の7割以上を占めました。この攻撃では、攻撃者が正規のカスタマーサポートになりすまし、被害者にリカバリーシードフレーズを提示させるという手口が使用されました。
具体的には、Trezorのカスタマーサポートを装った詐欺により、1459ビットコインと205万ライトコインが盗まれました。盗まれた資産は、その後プライバシー重視型トークンであるモネロへと大量に移行され、追跡が困難になりました。このような手口は、技術的な脆弱性ではなく、人間の心理を悪用したソーシャルエンジニアリング攻撃の典型例です。
複数のプラットフォームでの流出
2026年1月には、複数のプラットフォームで流出事件が発生しました。Swapnetでは1300万ドル、DeFiプロトコルのSagaでは620万ドル、Makina Financeでは420万ドルの流出が確認されています。
また、ソラナ基盤のプラットフォームStep Financeでは、3000万ドルの流出が発生しました。この事件では、よく知られた攻撃手法が悪用され、複数のトレジャリーアカウントと手数料ウォレットから26万1854SOLが移動されました。これらの事件は、単一のプラットフォームだけでなく、業界全体にセキュリティ上の課題が存在することを示しています。
歴史的な大規模流出事件:マウントゴックス事件
暗号資産業界の歴史において、最も有名な流出事件の一つがマウントゴックス事件です。この事件は、2011年から2014年にかけて複数回のハッキング攻撃を受けたことに起因しています。当時のレートで約480億円相当の損失が発生しましたが、2026年現在の価格に換算すると、その損失額は数兆円規模に達します。
外部ハッキングと内部不正
マウントゴックス事件には、外部からのハッキングと内部の不正行為という二つの側面がありました。米司法省が2023年6月に起訴したロシア人ハッカー2名は、2011年から2014年の間に約64万7000BTCを盗んだとされています。この大規模な盗難は、当時の暗号資産取引所のセキュリティ体制の脆弱性を露呈させました。
一方、マウントゴックスの経営陣による不正行為も明らかになりました。2015年8月、当時のCEOであるマルク・カルプレス氏は、自身の口座のデータを改ざんして残高を水増しした疑いで逮捕されました。その後、顧客からの預かり金約3億円を横領したとして再逮捕されています。検察の起訴状によれば、2013年2月から9月にかけて、ダラスのビットコイン取引所の口座に約3350万ドル相当を送金し、会社の帳簿を改ざんして不正を隠ぺいしたとされました。
マウントゴックス事件からの回復と教訓
マウントゴックス事件は、暗号資産業界に多くの教訓をもたらしました。2024年7月には、マウントゴックスのコールドウォレットから国内の暗号資産取引所を含む複数の場所へ、1544.67BTC(約134億円)および1157.1BTCの送金が確認されました。これは、事件から10年以上経過した後も、流出資産の回収と返却が進められていることを示しています。
この事件から学べることは、暗号資産の管理には技術的なセキュリティだけでなく、組織的なガバナンスと透明性が不可欠であるということです。また、顧客資産の保護に対する厳格な監視体制の重要性も明らかになりました。
2024年の大規模ハッキング事件
暗号資産業界のセキュリティ脅威は、現在も進化し続けています。2024年には、DMMBitcoinで482億円の流出事件が発生しました。この事件は、北朝鮮のハッカー集団による標的型ソーシャルエンジニアリング攻撃が原因とされています。
ソーシャルエンジニアリング攻撃の手口
DMMBitcoin事件では、攻撃者がヘッドハンティングを装って従業員に接触し、マルウェアに感染させるという高度な手口が使用されました。感染したマルウェアを通じて、攻撃者は管理システムへの不正アクセスを実現しました。このような攻撃は、技術的な脆弱性を直接的に狙うのではなく、人間の信頼を悪用する点が特徴です。
このタイプの攻撃から身を守るためには、従業員教育とセキュリティ意識の向上が重要です。また、多要素認証やネットワーク分離などの技術的対策も、同時に実施する必要があります。
2026年の新たな脅威:詐欺とAI悪用
2026年に入ると、暗号資産業界の脅威の性質が変化してきています。従来のハッキングやフィッシング攻撃に加えて、新たな詐欺手法が急速に増加しています。
なりすまし詐欺とAI技術の悪用
2026年の暗号犯罪レポートによれば、なりすまし詐欺が1400%増加し、AI技術を利用した詐欺が450%増加しています。これは単なる孤立した攻撃ではなく、攻撃ベクトルが技術的な脆弱性から人やプロセスの体系的な操作へと移行していることを示しています。組織的かつ産業化された窃盗が、業界全体に広がっているのです。
AI技術の悪用により、より精巧になりすまし詐欺が可能になりました。音声や映像の合成技術を用いて、信頼できる人物になりすまし、被害者を欺くことが容易になっています。このような新しい脅威に対抗するためには、従来のセキュリティ対策だけでなく、新しい検証方法の導入が必要です。
詐欺による経済的損失
暗号資産詐欺による損失は記録的な水準に達しています。2025年には、詐欺による損失が20億ドルを超えたとされています。この数字は、ランサムウェア被害を上回り、経営幹部の最大の懸念事項となっています。
韓国での押収ビットコイン流出事件
2025年から2026年にかけて、韓国で注目すべき事件が発生しました。法執行機関が押収していた大量のビットコインが、フィッシング攻撃により消失したのです。この事件は、技術的な脆弱性ではなく、ソーシャルエンジニアリング手法によって発生しました。
内部セキュリティの脆弱性
この事件の原因は、定期的な点検作業中にウォレットのパスワードが流出したことにあります。パスワードはUSBドライブに保存されていたため、フィッシング攻撃者による不正アクセスが可能になりました。韓国検察当局の調査によれば、この損失は2025年半ばに発生し、ビットコインが保管・管理されていた期間中に起こったとみられています。
この事件から学べることは、暗号資産の管理においては、パスワードなどの重要情報の保管方法が極めて重要であるということです。また、定期的な点検作業においても、セキュリティプロトコルの厳格な遵守が必要です。
オラクル操作による詐欺事件
暗号資産業界では、DeFiプロトコルの脆弱性を悪用した詐欺事件も発生しています。マンゴーマーケット事件は、オラクル操作の教科書的な事例として知られています。この事件では、攻撃者が担保価値を水増しして1億1200万ドルを詐取しました。
このような事件は、スマートコントラクトの設計段階でのセキュリティ監査の重要性を示しています。また、DeFiプロトコルの利用者は、プロトコルのセキュリティ監査状況を事前に確認することが重要です。
ブリッジネットワークを悪用した資金流出
2025年に発生した1.5億ドル規模のBybitエクスプロイトでは、Lazarus Groupがブリッジネットワークを活用して、盗んだ資産を数分のうちに数十のチェーンに分散させました。このような手口は、クロスチェーン取引の利便性が、同時にセキュリティリスクになることを示しています。
ブリッジネットワークは、異なるブロックチェーン間での資産移動を可能にする重要なインフラですが、その複雑性がセキュリティ上の課題を生み出しています。資産の追跡が困難になり、盗まれた資金の回収が難しくなるのです。
セキュリティ対策の重要性
暗号資産流出事件の歴史から明らかなことは、セキュリティ対策が継続的に進化する必要があるということです。過去の事件で有効だった対策も、新しい攻撃手法の出現により、その効果が減少することがあります。
多層的なセキュリティアプローチ
効果的なセキュリティ対策には、複数の層が必要です。技術的な対策としては、多要素認証、暗号化、ネットワーク分離などが挙げられます。同時に、組織的な対策として、従業員教育、セキュリティ監査、インシデント対応計画の策定も重要です。
また、ユーザー側でも、強力なパスワード管理、フィッシング詐欺への警戒、信頼できる取引所の選択など、個人的なセキュリティ意識を高めることが必要です。
業界全体のセキュリティ向上
暗号資産業界全体のセキュリティを向上させるためには、情報共有と協力が不可欠です。セキュリティ企業、取引所、規制当局が連携して、新しい脅威に対抗する必要があります。また、セキュリティ監査の標準化と、監査結果の透明性確保も重要です。
規制と監視体制の強化
暗号資産流出事件の増加に伴い、規制当局による監視体制の強化が進められています。これにより、取引所やプラットフォームに対するセキュリティ基準が厳格化されています。
規制の強化は、短期的には業界に負担をもたらすかもしれませんが、長期的には業界全体の信頼性向上につながります。ユーザーが安心して暗号資産を利用できる環境の構築は、業界の持続的な成長に不可欠です。
まとめ
暗号資産流出事件は、業界の成長とともに進化し続けています。マウントゴックス事件から始まり、2026年の詐欺事件まで、様々な形態のセキュリティ脅威が存在します。これらの事件から学ぶべき重要な教訓は、セキュリティ対策が継続的に進化する必要があるということです。技術的な対策だけでなく、組織的なガバナンス、従業員教育、ユーザー教育が総合的に必要とされています。暗号資産業界が安全で信頼できるものとして成長していくためには、すべてのステークホルダーが協力してセキュリティ向上に取り組む必要があります。
2026年版:暗号資産流出の全貌――フィッシングとAI悪用がもたらす新たな脅威とマウントゴックスの教訓をまとめました
暗号資産流出事件の歴史は、業界のセキュリティ進化の過程を示しています。マウントゴックス事件で明らかになった外部ハッキングと内部不正の脅威から、2026年のAI悪用による詐欺まで、攻撃手法は絶えず進化しています。これらの事件は単なる過去の出来事ではなく、現在と未来のセキュリティ対策を考える上での重要な指標となります。業界全体、企業、そして個人ユーザーが、これらの教訓を活かし、多層的で継続的なセキュリティ対策を実施することで、より安全な暗号資産環境の構築が可能になるのです。



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